東大のすすめ|「入るのが難しい」のではなく「入ろうと思う」ことが難しい
東大をめざすことなく、東大に無条件の敬意や悪意を感じている人が多くいます。
私は、誰だって東大に入れるのにと思っているのですが、大多数は「私にはむり」と言います。
世界で戦える日本を作るためにも、その感覚を捨て去ってほしいと思い、ブログを書いてみました。
普通じゃない東大生
「頭がいいんですね」
「勉強ばかりしていたんですか?」
「東大なのに、こんなことも知らないんですか」
「東大なのに、腰がひくいですね(プライドが高くないんですね)」
東大卒業生がよく言われる言葉です。
かなりの確率で、普通じゃない人がいく大学と捉えられています。良く言えば優秀、悪くいえば世間からズレている。
Q.東大生のイメージを教えてください(複数回答)
1位 頭がいい 62.9%
2位 変わり者 24.4%
3位 プライドが高い 20.2%
4位 まじめ 16.2%
5位 将来は官僚を目指している 14.3%
現実は東大もかずある大学の1つで、他の大学と偏差値だって変わらない。世界的に見たらランキングは低いし、清華大学やMITのほうが「普通じゃない」。*2
でも、日本ではまだまだ東大は「普通じゃない」んです。特に地方に行けば行くほど、東大生の生存数が少ない(東大生の多くが卒業後は東京や海外に生存)ため、東大生は未確認生物みたいなものです。
なかには、このようなサイトまで存在し、どこで統計をとったのか非常にあやしい情報が跋扈しています。まさにカテゴリー思考のかたまりのようなサイトです。
「自分の子どもは普通」と思う親
一方、多くの親は自分の子供に対して「うちの子は普通」と思っています。とくに、地方の親御さんには顕著に感じます。
想像してください。
あなたは今、高校2年生。これから3学期が始まります。まわりは、そろそろ受験を意識しはじめます。友達は、推薦で地元の大学にいくことを決めていたり、とりあえず塾に行きはじめたりしています。あなたは英語は不得意じゃないけど、学校内では上位というわけでもありません。
そんなとき、「俺は、スタンフォードに行く!」って言ったとしたら、あなたの親はどんな反応をしますか?
多くの場合、親は子供を「普通の子」と見ています。自分の子供が「東大を目指す」というと、「身の丈にあったとこにしなさい」とリミットをかけてしまう。あるいは、子供自体も受験勉強前からMARCHを狙っている。まわりの友人と比較して、落ち着くところにゴールを設定するのです。
目指すこと自体にリスクのある東大
そんな親のアドバイスを押し切ってまで東大を受験する子供は少ないでしょう。この段階で、本当は受かる力をもっている子供の多くがふるい落とされます。
次にやってくるは、周囲の目です。東大生が少ない学校や地方だと、東大を目指すこと自体が目立ちます。
東大専門のコースをもっている塾はほぼ首都圏なので、地方だと私立志望の人と一緒に学びます。なので、いやがおうにも目立つのです。さらに、地方だと浪人もしにくい。
なので、東大を目指すことは衆人環視のなか、背水の陣で戦うかたちになります。
他の大学となんら変わらない、むしろ入りやすい?
ここに、500人の東大受験生がいます。ことしの東大法学部入学者数は421名。つまり、422人目は浪人か別の大学に行ったわけです。
421番めの学生と422番めの学生の間に、大きな差があると思いますか?
ないんです。でも、片や一生東大生レッテルで生きていく。421番めの学生は「普通じゃない」けど、422番めの学生は「普通」あつかい。
さらに受験の倍率は、およそ3倍。理科一類なら、全受験者の41%が合格しているんです。立教大学なら6倍から10倍はあたりまえのなかで、東大は2倍から3倍の間なんです。
東大への幻想→東大を遠ざける→幻想が現実になる
結局の所、東大はすごいという幻想から、ことは始まっています。この幻想を持つ親が、子供を東大から遠ざけます。受験しなければ受かりません。なので、その家族から東大生が生まれない。結果、東大は「すごい場所」になる。
逆に、親が東大の子供には東大生が多い印象があります。それは、親がへんなリミットを持っていないからだと思います。遺伝ではありません。環境です。
ぜひ受験の機会を奪わないでほしい
東大がすごいかどうかは別の問題です。ここで伝えたかったのは、受験の機会を親や周囲が勝手に奪わないでほしいということです。
親や先生が勝手に決めた世界観で子供をはかると、子供の可能性が縮まります。私は、日本の学生が、ハーバードやMIT、清華大学を目指す世界を期待しています。そのためには、東大ごときで制限してほしくない。
でも、東大に入れば入ったで偏見で見られることは確かです。そして、受験勉強はそれなりに大変です。受験すれば受かるわけじゃないので、頑張ってくださいね。
Hasta luego